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書評 : 「トニオ・クレーゲル」 トーマス・マン著 新潮文庫 山崎 清明(情報システム部)
トーマス・マンはドイツの作家であり、「魔の山」(1924年)などの名作で知られている。マンはショーペンハウアー、ニーチェ、ワーグナー、ゲーテの影響を受けたといわれるが、後半生は、特にゲーテのヒューマニズムに傾倒していったようである。 「トニオ・クレーゲル」(1903年)は、マンがノーベル文学賞を受賞するきっかけとなった「ブッデンブローク家の人びと」(1901年)で脚光を浴びた直後に執筆した短編小説であり、マン自身も自身の心に深く結びついた、忘れ難い作品であるとしている。 本書では、芸術家(作家)である主人公が、少年期から青年期の多感な時期に、凡人と芸術家、感性と理性、美と倫理、陶酔と良心といった対立概念の間を彷徨う様が描かれており、若者の迷いを巧みに写し出している。 少年時代の主人公は、自分とは真逆ともいえる人格の友人に近づきたいと思いつつも、他人と自分との差異を受け入れられないために苦悩する。この作品は、こうした迷いそのものの根源とは何かを浮き彫りにしようとしている。 そして青年になった主人公は、人生のなかで出会う両極端な考え方の間を揺らぎながら、芸術家として生きていくことを決断していく。 本書は訳者の表現が少々難解であるが、若さゆえの葛藤や迷いを題材にし、人生の「よろこび」や「朗らかさ」に対する重要な示唆を含んでいるように思えてならない。青年時代に誰もが経験するような心の葛藤を見事に描いた物語である。きっと感慨深く読むことができるだろう。 |
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