「たった一度だけの人生」

 

山田 和宏(図書館事務室)

 

 「たった一度だけの人生だけれども、いくつもの人生を歩むことができる。一生かけてもできない経験をすることができ、味わったことのない感情を味わうことができる。」

 

 これは、高校時代の恩師から教えていただいた言葉であるが、読書の最大の魅力を言い当てていると感じる。高校時代に読んだ本書「モンテ・クリスト伯」は、私の人生で出会ったその最たるものであった。

 

 この物語の主人公、エドモン・ダンテスは腕利きの1等航海士。今度の航海から戻れば、最愛の女性との結婚が待っており、希望に満ちた人生を送るはずであった。

 それが突然、最も身近にいた親友の嫉妬に溢れた虚偽の密告と、保身の検事のために2度と出ることのできない孤島の牢獄“シャトー・デフ”に投獄されることになるのである。主人公ダンテスは、「愛」「希望」「喜び」に満ち溢れた人生から、一瞬にして「怒り」「憎しみ」「絶望」のどん底に落とされてしまうのだ。

 誰がこのような人生を想像できただろうか。想像を絶するこの怒涛のような展開に私の心は激しく揺れ動き、頭の中では“激動”の絵巻が繰り広げられていった。

 

 全ての物が奪われ、自由さえも失い絶望の淵に沈んだ人間はどうなっていくのか。

 私ならどうするだろうか。あなたならどう生きようとするか。

 

 十数年間、やはり彼も真っ暗闇の中でただ死を待っていた。

 しかしそこで人生の師とも言うべきファリア司祭との劇的な出会いがある。彼は司祭から様々なことを学び、ついに脱獄に成功する。

 そして、巨万の富を得た彼は、無実の自分に地獄の苦しみを与え、愛する人を奪っていった人間たちに復讐をしていくのである。

 

 幸せの絶頂から一夜にして絶望の底に沈められ、十数年も言葉に表せない程の苦しみに耐えていく。一度はあきらめかけた人生であったが、人生を変えてくれる人と出会い、新たな人生を歩み始め、復讐劇に転じていく。

 

 本書の著者デュマは、この長編小説で一人の人間の生涯を通して何が伝えたかったのか。それはこの物語の最後の1行に込められていると私は感じる。しかしあえてここではそれを論ずることはしない。

 長編小説を最後まで読み終えたからこそ味わえたこの感動は、経験した人にしかわからないと思うからだ。

 

 人生において、その傍らに良書があれば、何があっても負けない、と教えていただいたことがある。一度しかない人生を、より豊かにそして充実したものにするために、私は今後も時間を見つけて読書に挑戦していきたいと思う。