『孫文』 陳 舜臣

 

小澤 潤(ワールド・ランゲージ・センター職員)

 

 自民党の安部新政権が誕生し、約2ヶ月。小泉政権誕生より、靖国神社への参拝、サッカーのアジアカップでの反日感情の爆発等、日中関係は決して良好といえる状態ではない。また、北朝鮮の核問題を初め、極東アジアの今後を考えるとき、わが国がどのようにこの隣国との関係をもっていくのか、誰もが関心を持っている。

 

 孫文は中国人民に心から敬愛されている人物であり、後年、国民党と共産党に中国が分裂してからも、双方から『国父』として尊敬され、神格化されている。

 

 この小説では一人の人間である孫文が、革命へと身を投じ、世界中を駆け巡ってゆく前半生を描いている。特に1895年に台湾が日本に割譲された時点から、孫文が中華民国臨時政府の大統領に就任するまでの歴史が物語の中心となっている。

 

 当時の中国は歴史上の大転換期にあり、将来も見えず、列強の餌食とならざるをえなかった。この時代の中で孫文は『民族』『民権』『民生』の三民主義という明確な理想を掲げ、世界中にはりめぐらされた華人ネットワークを縦横無尽に活かしていく。

 

 日本にも孫文を支援する友人は多く、アジアの西洋列強諸国からの解放と人民の覚醒のため『大亜細亜主義』を共に目指した。途中、何度も蜂起に失敗するが最後まであきらめず、無私の心で母国を変革に身を捧げていく姿は圧巻である。

 

 現在の環境問題、世界の中でのアジアの経済的位置、極東地域の平和と安定を考えるとき、この孫文の目指した大亜細亜主義は、非常に大切なものと思える。

 

 この本を通し、現代中国の原点を垣間見るとともに、一国を変えたその運動、その戦いに学ぶ点は非常に多い。また実物大の孫文という人物を知ることもできる。アジアの同胞として、私たち日本人が是非とも一読しておきたい一冊である。