リュシアン・フェーヴルに想う
前川 一郎(文学部助教授)
『歴史のための闘い』という本がある。“Combats pour l’histoire”――原語は過激に「戦闘」と訳すべきらしい。著者はフランス・アナール学派の創始者リュシアン・フェーヴル。盟友マルク・ブロックとともにストラスブール大学にあって、19世紀以来の伝統的な実証史学を革新し、今日の社会史の礎を築いた。歴史的事実は<観察>されるものではなく、歴史家が問題を提起することによって立ち現れる。彼がこう語るとき、「言語論的転回」を目撃した現代の歴史研究者は、あらためて歴史の<解釈>と自分の立ち位置を推し量ることになる。
<解釈>を述べるフェーヴルは、しかし、ディスクールのなかで完結してしまう歴史、頭のなかだけでつくられるような歴史像には反発する。「歴史の実務家」として、彼はシュペングラーやトインビーを批判する。この点でもまたフェーヴルは、現代歴史学のありようをめぐる議論と、時を越えて鋭く交錯する。
――そんなフェーヴルが「闘い」と述べた。
大学院生のころ、力のなさと生活の現実を前に躓いてばかりいた。そのころ手にしていたのが、このフェーヴルの本であった。その後も順調なことなど一度もなかったが、「闘い」という言葉にすがりつくように、何度となくひもといた一書である。そんな私にとって、頁をめくるたびに、いつも魂を揺さぶられる、否、意気地なしのこころをぎゅっと鷲掴みにされるような、強烈な印象を抱かされた一節がある。
もし、諸君が思想から行動を、人間としての生活から歴史家としての生活を切り離し続けるなら、何も述べなかったのと変わりません。行動と思想の間には仕切りも柵もない。諸君の目に、歴史が、実体を失った影のみが行き交う、眠れる墓場のように映ることを止めなければなりません。諸君は闘志を漲らせ、戦塵と、打ち倒した怪物の血糊とで体を覆われたまま、歴史の眠る静かな古い宮殿に足を踏み入れなければならない。
引き裂かれ、砕かれ、血まみれになって許しを乞う世界、この世界の統一性を再建するのは外部からの干渉ではない。それぞれが自己の深遠な思想と無私無欲の行動を見事に調和させることによって(中略)自己の内に世界の統一性を再建するのです。
「外部からの干渉」――そんな突き放された場所から歴史が記されるのではない。闘志を漲らせ、引き裂かれて血まみれになった世界を再構成する生身の人間の意思と献身とによってはじめて、「歴史研究を行う権利があるのかという大いなる問いに対し、心安らかに然りと答えることができる」。フェーヴルが「闘い」と表現したのは、歴史家である前に、こうして生の人間社会に真っ向から向き合い、決然と立ち上がろうとする姿そのものか。歴史家が<問題を提起する>とは、かくも峻厳な要求を自己に課して生きていくことなのか。
フェーヴルの思いをわが思いとするにはまだ程遠い。それでもいま、私は歴史の学徒として、フェーヴルのいう「闘い」をはじめることができているだろうか。答えを知るには、もう一度この本をひもといて、彼自身の言葉の前に自己を曝け出してみるしかない。
*追記 1878年生まれのフェーヴルは第一次大戦に従軍し、1886年生まれのブロックは第一次大戦に従軍した後、第二次大戦にレジスタンスとして闘い、ドイツ兵に銃殺された。