今日の一書 : 2021年12月21日(火)
『 沈黙 』
著者 : 遠藤周作
『沈黙』などの作品で知られる作家、遠藤周作が、デビュー後まもない時期に発表したものの記録が残されていなかった短編小説が、遠藤周作文学館などの調査で見つかりました。専門家は「後の作品に影響を与えた貴重な作品だ」と話しています。見つかった作品は「稔と仔犬」というタイトルで、来年2月に出版されるということです。
■『沈黙』著者の言葉
長崎で見た、踏み絵の木枠についた指の跡のことを、東京へ帰ってからも私は忘れられませんでした。夕べに散歩する時、夜に酒を飲む時、黒い指跡が目に浮かびました。
そして三つのことを考え続けたのです。ひとつは、踏み絵を踏んだ時の気持ち。次に、踏んだのはどんな人だったろうか。そして、私がその立場にたたされたら踏むかどうか。
強い信念を貫き通すより、踏む可能性の方がはるかに高いと思ったな。拷問は苦しいだろうし、やはり家族まで殺されるのは可哀そうです。私は弱虫なのです。これは、今日会場にいらっしゃるみなさんの三分の二は私と同じだろうと思う。
小説というのは、やみくもに書くのではなく、自分の視点から書くものです。そして『沈黙』は、〈迫害があっても信念を決して捨てない〉という強虫の視点ではなくて、私のような弱虫の視点で書こうと決めました。弱虫が強虫と同じように、人生を生きる意味があるのなら、それはどういうことか——。これが『沈黙』の主題の一つでした。(「波」2016年10月号、講演採録より)